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ヴェネツィア|「アドリア海の女王」と呼ばれるムラーノ・ガラスの産地

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世界中の人々が恋する「アドリア海の女王」

イタリアの北東には、世界中の人々が恋する「アドリア海の女王」、ヴェネツィア(Venezia)があります。ヴェネト州(Veneto)の州都でもある「水の都」へはミラノから電車で2時間半。イタリア本土から島に渡るには、鉄道が一本、車両用の橋が一本、それ以外は船で渡るしかありません。

島内には車は一台もなく、頼りになるのは自分の足と船のみ。消防車や救急車までが船。ひとたび足を踏み入れると、そこはまるで迷宮です。世界中どこを見ても、唯一無二の街と言えるでしょう。

出典:depositphotos.com(ヴェネツィア)

ヴェネツィアの歴史は、5世紀北からやって来た蛮族を避けて逃げた北イタリアの住民がトルチェッロ島(Torcello)に住み始めたことから始まります。

出典:depositphotos.com(トルチェッロ島のサンタ・フォスカ教会)

9世紀に入ると今度はフランク王国が侵略してきて、人々はやむなくトルチェッロ島から現在のヴェネツィア本島リアルト地区に移らざるを得なくなります。それが現在のヴェネツィア本島の始まりです。

アドリア海に浮かぶ小さな島々をつないだだけのヴェネツィアは、中世には香辛料の輸入などで一大海洋都市に成長します。東洋と西洋が入り混じり、北ヨーロッパの影響も加わり、ヴェネツィアは経済的にも文化的にも他に類を見ない活気のある街になりました。

東洋と西洋の中継地には世界中の様々な珍しいものや貴重なものが入ってきました、中でもガラスは最も珍重されていた芸術品の1つでした。

 

門外不出のヴェネツィアン・グラス

ヴェネツィアでのガラス製造は、既に7世紀から8世紀にはヴェネツィア発祥の地トルチェッロ島でガラス工房の跡やガラスが発見されていますし、文献にも10世紀末にはガラスが製造されていたことが記載されています。

ヴェネツィアでのガラス製造というと、東洋からヴェネツィアに輸入されたガラス製品が非常に高値で商売されたので、それを自国で作れるようになれば非常に儲かるだろう、という、シェークスピアの「ベニスの商人」にも登場するような、ヴェネツィア人の商魂のたくましさから発展したイメージがありますが、実際には、もっと古くからガラス製造がされていたんですね。

出典:Wikipedia (19世紀に演じられた「ヴェニスの商人」中のシャイロック)

さて、ヴェネツィア共和国は当時最も進んだ技術を持っていたシリアのアンティオキアと協定を結び、原料や燃料だけでなくガラス職人までもヴェネツィアに輸入し、ローマ帝国やイスラム世界で発展した伝統的なガラス技術を取り入れ、応用することで独自のガラス製作技術を手に入れました。

そして自分たちのガラス製作の技術が外に漏れるのを防ぐことと、ガラス製作には火を使うため、狭い島内で火事が起こることを恐れたヴェネツィア共和国は、1291年全てのヴェネツィア本島に有ったガラス工房を全てムラーノ島(Murano)へ強制移住させます。

15世紀から16世紀にはヴェネツィアン・グラスの黄金期がやってきます。この時代に職人が一番力を注いだのはエナメル装飾で、貴族達は華麗な絵付けの施されたガラス製品を競うように買い求めました。

出典:Wikipedia(イスラムの影響を受けエナメル装飾されたヴェネツィアン・グラス、1330年)

他にもこの時代はクリスタッロ(cristallo)と呼ばれる透明度の高い、無色透明のガラスを作ることにも成功します。ヴェネツィア以外では作ることができない精巧で非常に薄いガラスは、「毒を入れると割れる」という噂が流れるほどで、そのような噂のせいもあって王侯貴族の間で非常に高い値で取引されました。

出典:Big Bead Little Bead(クリスタッロ、1580年)

また16世紀から17世紀にはレティチェロ(reticello)と呼ばれるレース模様のような細工が施されたガラスも発明されます。これらはヴェネツィアン・グラスの代表的な装飾技法となりました。

出典:大英博物館(レティチェロ)

他国にはない技術で高い利益を得ていたヴェネツィア共和国ですが、門外不出としていたヴェネツィアン・グラスの技術は、少しずつ外へ漏れ始めていました。例えばフランスのヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」はムラーノ島から連れ出された職人の手によると言われています。

出典:ヴェルサイユ宮殿公式ホームページ(鏡の間)

そして1797年には、ナポレオン率いるフランス軍がイタリアへ侵攻し、ヴェネツィア共和国は滅亡し、ヴェネツィアン・グラスの技術も国外へ流出してしまいます。この後しばらくムラーノ島のガラス製作は苦しい時代を迎えます。

ところが19世紀、他国のガラス産業には真似のできない色ガラスを基本としたガラス・モザイク技術による古い教会壁画の修復、インテリア部門などの新しいジャンルに活路を見出したムラーノ島のガラス職人たちは、古代作品の復刻を始め、本来のヴェネツィアン・グラスを取り戻し、現在もその伝統は脈々と受け継がれています。

 

真のヴェネツィアン・グラスの見分け方

数世紀に渡ってヨーロッパのみならず世界中の人々を魅了してきた伝統的なヴェネツィアン・グラスですが、残念ながら現在ヴェネツィア本島やムラーノ島で見かける多くは他国で作られた模造品で、真のヴェネツィアン・グラスではありません。

ではどうやって真のヴェネツィアン・グラスを見分けたら良いのでしょうか?

1つだけ確実なヒントが有ります。それはヴェネツィアン・グラスの代名詞でもある「ムラーノ・ガラス」であることが証明されているものを選ぶ事です。1994年伝統を守りぬき、コピー商品と戦うために「Vetro Artistico®Murano」 という登録商標がヴェネト地方法によって制定されました。

出典:muranoglass.com(ムラーノ・グラスの登録商標)

この商標はムラーノ島で1000年に渡って受け継がれてきた伝統的な製法で、ガラス職人のマエストロ(巨匠)が作ったことを証明するもので、信頼に足る唯一の証なのです。QRコードからこの製品の詳しい情報を知ることもできるので、安心して本物を手に入れることが出来ると思います。

 

ヴェネツィアン・グラスの歴史をたどるムラーノ・ガラス美術館

ヴェネツィア本島、陸の玄関口であるサンタ・ルチア(Santa Lucia)駅やローマ広場(Piazzale Roma)からガラスの島ムラーノ島まではバポレット(vaporetto)と呼ばれる水上バスで30分くらい。ムラーノ・コロンナ(Murano Colonna)停留所で降りて、運河に沿って歩いて行くと両岸には色々なガラス製品のお店が並んでいます。キラキラ光るガラス製品は見ているだけでも目の保養になります。

また島内にはムラーノ・ガラス美術館(Museo del Vento di Murano)があります。

この美術館ではローマ時代からのガラスの歴史やガラスの原料や見本、名工が作った素晴らしいヴェネツィアン・グラスなどを多数展示しています。また、18世紀に作られた卓上に置くガラスのミニチュア庭園など非常に見ごたえのある美術館です。

出典:http://museovetro.visitmuve.it(ムラーノ・ガラス美術館)

出典:museovetro.visitmuve.it(ガラスのミニチュア庭園)

 

参考資料

Murano glass

Museo del Vetro di Murano

Wikipedia

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