洋食器にかかわる基礎知識 ヨーロッパの美術様式

ゴシック|「神の家」として、高さと光を求めた建築様式(1150-1600年頃)

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12世紀後半から15世紀にかけてヨーロッパで発展したゴシック美術。そのゴシック美術を理解するためのキーワードは「高さと光」です。

「神の家」としての修道院

ショーン・コネリー主演の「薔薇の名前」という映画を観たことがありますか?

映画は中世イタリアのとある修道院で起こる出来事を中心に展開してゆきますが、あのような修道院が当時の文化の中心であり、ロマネスク美術は修道院と共に発展しました。

12世紀に入り、修道院はキリスト教の本来の教理を忠実に守り、清貧を遵守する者と、修道院や教会を「神の家」と考え美しく飾り建てようと考える人たちとに分裂し、別々の方向で発展してゆきます。

1120年代、パリ郊外のサン・ドニ修道院聖堂の大規模な改修が始まります。その指揮を執ったのは、修道院長のシュジェール(Suger)。

出典: depositphotos.com ( サン・ドニ修道院聖堂 )

彼は学友でもあったフランス王と結びつき、王家の墓のあるこの修道院の改築のためにヨーロッパ各地から選りすぐりの職人たちを招集しました。

1136年に始まった聖堂の建て替えは1144年に完成。改築された聖堂はそれまでのロマネスク建築様式とは異なる勇壮なものでしたが、後のルネサンス時代のイタリア人が、侮蔑の意味を込めて「野蛮人(Goth/ゴート族)の様式」と呼んだことから、これらの様式は「ゴシック」と呼ばれることになりました。

天まで伸びた聖堂

12世紀に入ると建築技術が向上したことで、より高く大きな建造物が建てられるようになりました。ゴシック建築は先の尖ったアーチ(尖頭アーチ)、飛び梁(フライング・バットレス)、リブ・ヴォールトなどの特徴的な建築要素を持っています。また薄くて広い壁が可能になったことから大きな窓をたくさんつけられるようになりました。

サン・ドニ聖堂の改築を機に、ゴシック建築は12世紀の後半にはパリのノートルダム大聖堂などイル・ド・フランスとその周辺をはじめ、イギリス、北部および中部イタリア、ドイツのライン川流域、ポーランドのバルト海沿岸およびヴィスワ川などの大河川流域にわたる広範囲に広がりました。

出典: depositphotos.com(ノートルダム大聖堂)

大聖堂がそれまでと異なり、都市の中心に建てられるようになったのもこの時代の特徴の1つで、それぞれの街が勢力を誇示するよう競って大きな聖堂を建てたことから、聖堂が街のシンボルになりました。

「神の光」あふれる聖堂内

それまでの時代、窓が小さく少なかった聖堂内はいつも薄暗かったのですが、ゴシック様式の聖堂には多くの窓が造られたため、堂内には光が満ち溢れていました。そしてその窓にはステンドグラスがはめられるようになりました。

それまでにも教会内には文字の読めない人がキリスト教の教えが理解できるように絵画が描かれていましたが、ステンドグラスも同じ役割を担うようになります。ただステンドグラスは絵画以上の役割を発揮しました。

それは自然な光はステンドグラスを通ることで、幻想的で神秘的なものに変わり、「神の家」にふさわしい神秘的な雰囲気を作り出します。信者たちは神の光に包まれて神を身近に感じ感動すると同時に、神の存在を実感する「奇跡」を体験したりもしました。

ガラスの装飾は5世紀ごろから教会内で使われていましたが、ゴシック期のフランスで最も発展します。なかでもパリのサン・シャペルやシャルトルのノートルダム大聖堂などは、ステンドグラスで描かれた聖書の物語で有名です。

出典: depositphotos.com(サン・シャペル、フランス)

宮廷礼拝堂のサン・シャペルは聖王ルイ9世が、キリストにかぶせられた茨の冠を聖遺物として収めるため、もともとシテ島にあった王宮内の礼拝堂を取り壊して建て替えられたもので、盛期ゴシック建築の最高傑作の1つです。床から天井まで一面を覆ったステンドグラスによる豪華な礼拝堂はまるで巨大な宝石箱のようです。

出典:Wikipedia(「聖王ルイ9世」)

人間的な彫刻

ゴシック時代に入ると、彫刻はそれまでの束縛から解き放たれ、柱の一部のようだった人物像はしだいに独立した丸彫となり、表情にも人間的な感情が見られるような写実的なものに変わってきます。

また、それまでのちょっと近寄り難い威厳を持った神の像よりも、やさしい慈愛に満ちた聖母像が好まれるようになります。これらの聖母像は共通してS字型に体をくねらせています。その優美なポーズ、体の動きに合わせてしなやかに流れる衣の襞もこの時代の彫刻の特徴の1つです。

出典:ルーヴル美術館(「聖母子像」)

ゴシック・ファッション

「ゴシック」と聞くと黒を基調としたヨーロッパ風のドレスなどを想像する方も多いのではないでしょうか?

これらのファッショを「ゴシック時代のファッションを再現したもの」と解釈する人もいないことはないのですが、「現代のゴシック・ファッション」はヴィクトリア朝風ドレスやエリザベス朝風のものが多く見られることから、中世ヨーロッパのゴシック的なものから直接影響を受けているわけではない、というのが一般的な意見です。

出典:Wikipedia(ゴシック・ファッション)

ただ、それはあくまでも「現代のゴシック・ファッション」の話であり、実際15世紀前半には独特の「ゴシック・ファッション」が生まれていて、その様子は当時の絵画や写本で見ることが出来ます。

例えばベリー公ジャン1世が作らせた「ベリー公のいとも豪華なる時祷書( Les Très Riches Heures du Duc de Berry)」は国際ゴシック美術の傑作で、最も豪華な装飾写本として有名ですが、ここに描かれている人物が身につけているはっきりとした色づかい、奇抜な装飾が特徴的な衣装は当時流行の最先端のものでした。

出典:Wikipedia(「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」)

国際ゴシックとは、ゴシック美術の中でも特に14世紀後半から15世紀前半にかけてブルゴーニュ、フランス、北イタリアで発達した様式を指します。

その後、この様式が西ヨーロッパ全域に広がっていったことから、19世紀末にフランスの美術史家ルイ・クラジョによって「国際ゴシック」と名付けられました。国際ゴシックの中心は教会ではなく、王や貴族の宮廷だったため、非常に洗練された豪華な作品が誕生しました。

参考資料

西洋美術史、美術出版社

Wikipedia

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