洋食器にかかわる基礎知識 ヨーロッパの美術様式

テューダー&ジャコビアン|芸術で後れを取ったイギリスで独自に発展した美術様式(1500-1660年頃)

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1534年、イギリス王ヘンリー8世がカトリック教皇と袂を分かち、プロテスタントの影響を多分にうけた英国国教会を成立させ、自らがその首長となりました。カトリックを辞め、英国国教会となったイギリスでは、どんな美術が生まれたのでしょうか?

芸術面で遅れを取ったイギリス

ヨーロッパの芸術を牽引していたのは、ルネサンスが開花し、マニエリスムとして成熟させたイタリアでした。そしてその後を担ったのがフランス、他にもスペインやオランダでは独特の文化が栄えていました。

ではイギリスはどうでしょうか?

「中世のイギリス人の有名なアーティストは?」と聞かれて答えられる人はほとんどいないと思います。なぜイギリスが芸術後進国だったのか。それは宗教と関係しています。

芸術は長い間、宗教、つまりヨーロッパの場合はキリスト教と密接な関係を持っていました。スペインに東西の文化が混ざった独特な美術が栄えたのは、スペインがイスラム教徒に占領されていた歴史のおかげです。

芸術は常に時の権力者によって支えられてきました。キリスト教会が最大のパトロンだった時代、芸術はカトリック教会の総本山ローマを有するイタリアを中心に栄え、フランスでは王権が強大なったことで、最大のパトロンが教会から王になりました。

オランダでは、庶民の力が強くなり、庶民が美術品を手に入れることが可能になったことで、庶民がパトロンとなり芸術は栄えていきました。

ではイギリスは?

イギリスは1534年イギリス王ヘンリー8世は、教皇と袂を分かち、英国国教会を成立させ自らがその首長となりました。

出典:Wikipedia(ヘンリー8世

カトリックから離脱し、プロテスタントの影響を多大に受けた英国国教会は、1548年ヘンリー8世の息子エドワード6世により発布された聖像破壊の法により、多くの聖像が破壊され、巡礼地は撤廃され、聖人暦も廃止されます。

出典:Wikipedia(エドワード6世

イギリスに有ったカトリックのための美術品の多くが破壊されただけでなく、それ以降のカトリック教会のための絵画・彫刻・刺繍・金銀細工などの生産も禁じられたのです。

これによってヘンリー8世以降のイギリスの絵画は世俗的なものになり、壁画・祭壇画・写本の製作は圧倒的に少なくなり、絵画の主題は18世紀の初頭まで肖像画が中心になってしまいました。

テューダー朝様式

イギリスで1455年から1485年まで続いた皇位継承争い、「ばら戦争」に勝利したヘンリー7世が即位した1485年から、後を継いだヘンリー8世、エドワード6世、メアリ1世、そして1603年エリザベス1世が死去するまで、5代に渡ってイギリス絶対王政の最盛期にあたるこの時代がテューダー朝です。

1485年から1603年というと、美術史的には丁度、ゴシック様式の時期に当たるのですが、イギリスでは「テューダー朝様式」と呼んでいます。

宗教改革後のイギリスの芸術発展に最も重要な影響を及ぼしたのは、ドイツ人のハンス・ホルバイン(Hans Holbein der Jüngere)です。ホルバインがイギリス滞在中に制作した作品が今もロンドンのナショナル・ギャラリーに保管されている「大使たち」です。

出典:Wikipedia(「大使たち」ハンス・ホルバイン作、1533年)

肖像画家として名を馳せていたホルバインの最高傑作と言うことが出来る作品です。というのもこの作品の画面中央にはアナモルフォーシスという一種のだまし絵を使って頭蓋骨が描かれています。

画面の右方もしくは左方から鋭角的に見ると、頭蓋骨であることがわかる

ヘンリー8世に非常に気に入られ1535年宮廷画家となったホルバインはヘンリー8世自身の肖像画や王女たちの“お見合い”用の肖像画や宮廷の関係者たちの肖像画を多数製作しました。

ホルバインの後世に与えた影響は大きく、イギリスではその後100年間は彼以上の画家が現れることはなく、彼を追随する画家が活躍するだけでした。

また建築では、ゴシック様式を少しずつ変えて、テューダー様式を作りだしました。今年ヘンリー王子とメーガン妃の結婚式が行われたウィンザー城のセント・ジョージ礼拝堂は、中世ゴシックとテューダー様式の混ざったイギリス国教会の素晴らしい礼拝堂の1つです。

出典:depositphotos.com(ウィンザー城、聖ジョージ礼拝堂)

またハーフ・ティンバーと呼ばれる、木造住宅建築なども多く作られました。テューダー・アーチ(扁平尖頭アーチアーチ)と呼ばれるつぶれた形の尖頭アーチや切妻風の急勾配の屋根、白壁にハーフ・ティンバーと呼ばれる柱や梁などの骨組を細かく数多く露出させたデザインなどが特徴的です。

出典:depositphotos.com(イギリス、チェスター、ハーフ・ティンバーの街並み)

ジャコビアン様式

通常1603年、ジェームズ6世がジェームズ1世としてイングランド王として即位し、ピューリタン(清教徒)革命までを「ジャコビアン時代」と呼びます。

出典:Wikipedia(ジェームズ1世

ジャコビアン様式の「ジャコビアン」は、ジェームズ1世のラテン名「Jacobus」が由来で、「イギリス・バロック」とも呼ばれています。エリザベサン様式の影響を受けつつも、装飾に自由度が出て、軽快な感じになります。

この時代のイギリスも美術の担い手は外国人でした。特に重要な人物としては、オランダ人のダニエル・マイテンス(Daniël Mijtens)で優れた肖像画を描いています。

出典:Wikipedia(ダニエル・マイテンス)

マイテンスはジェームズ1世の後を継いだチャールズ1世にも手厚い庇護を受けますが、1632年彼とは比較にならないほど素晴らしい才能に恵まれたアンソニー・ヴァン・ダイクの登場により急速に影が薄くなってしまいました。

特出した画家がいなかったことに対して、この時代忘れてはいけないのが文学の世界です。

イギリス最高の作家と言っても過言ではないウィリアム・シェクスピア(William Shakespeare)の「リア王」や「マクベス」などの戯曲が書かれたのはまさにこの時代でした。

出典:Wikipedia(ウィリアム・シェイクスピア

また建築の分野では、1615年ジェームズ1世の王室建築監査長に任命されたイニゴー・ジョーンズがイタリア・ルネサンスの影響を受けながらも、彼独特の端正な古典主義的な作品を作りあげていました。

出典:Wikipedia(イニゴー・ジョーンズ

特に図面集を収集するなど、パラディオ建築からうけた影響は大きく、装飾を抑えながらも簡素で威厳のある外観と、装飾豊かな内部の対比による独自の設計手法を編み出します。

中世の宮殿であるホワイトホールに増設されたバンケティング・ハウスは端正で厳格な古典主義で、ジェームズ1世が皇后のためにグリニッジ宮殿の敷地内に建てたクイーンズ・ハウスは独創的で簡素な箱型に作りあげるなど、当時のイギリスでは極めて個性的な作品を残し、18世紀にイギリスで流行るパラディアニズム(パラディオ主義)の礎を築きました。

出典:Wikipedia(ロンドン、バンケティング・ハウス
出典:depositphotos.com(イギリス、グリニッジ、クイーンズ・ハウス)

チャールズ1世によるイギリス芸術の開花

1625年王位についたチャールズ1世は、イギリスの歴代君主のなかでも特に芸術に興味を示し、美術品を収集に力を入れた人物で、より優れた美術品を収集することは自分自身の威厳を増大することだと考える王でした。

出典:Wikipedia(チャールズ1世

1628年にチャールズ1世は当時イタリアでも随一と知られたマントヴァ公のコレクションの一部を買い取ります。

その中にはマンテンニャ(Mantegna)、ジュリオ・ロマーノ( Giulio Romano)、ティツィアーノ(Tiziano)、 コレッジョ(Correggio)、ルーベンス( Rubens)、カラヴァッジョ( Caravaggio)など錚々たる画家たちの作品がありました。

またチャールズ1世は戴冠以来、諸外国の著名な画家たちをイングランドへと招聘しようと試みました。

特に力を執心したのはルーベンスで、彼が1630年に外交官としてイングランドを訪れた際に絵画制作を依頼しただけでなく、その後もアントウェルペンから作品を輸入しています。

ホワイトホールの中の新しい宴会場の天井には唯一当時の状態を完璧にとどめたルーベンスの作品が残されています。9ヶ月間イングランドに滞在したルーベンスに、チャールズ1世はナイトの称号まで授けています。

出典:Historic Royal Palaces (バンケティング・ハウスのルーベンスの絵

ルーベンスが去ったあと、イギリス王室で活躍したのがルーベンスの弟子で、イタリアでも活躍していたアンソニー・ヴァン・ダイク(Anhony van Dyck)です。

出典:Wikipedia(アンソニー・ヴァン・ダイクの自画像、1621年頃)

彼こそがチャールズ1世の時代、ひいては彼の死後150年にも渡りイギリス絵画界に多大な影響を与えた画家です。彼は2度目のイギリス滞在で王室お抱えの主任宮廷画家に任ぜられ、ナイトの称号も授かりました。

ヴァン・ダイクは王家の人々の肖像画を多数描きました。中でも特に印象的なのは、現在ルーヴル美術館に所蔵されている『英国王チャールズ1世の肖像』です。

出典:Wikipedia(「英国王チャールズ1世の肖像」アンソニー・ヴァン・ダイク作、1635年頃)

残念ながらチャールズ1世の収集したコレクションは、現在はイギリス国外に散逸しています。

参考資料

イギリス美術史、岩崎美術社

Wikipedia

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