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エカテリーナ2世|ロシアの女帝は、世界最大の美術品コレクター?!

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「遅れた国」ロシアを近代化に導いた女帝

出典:Wikipedia(「エカテリーナ2世」ランピ作)

エカテリーナ2世(1729-1796)は、ロマノフ王朝時代に活躍したロシアの女帝です。ロマノフ王朝は、約300年も続きましたが、その中でも最も栄えた時代にロシア帝国を治めていたのが、エカテリーナ2世なんです。

この当時のロシア帝国というと、西ヨーロッパ諸国と比較して「遅れた国」と認識されていました。今の、「強い国、ロシア」というイメージからは程遠い、田舎の国だったんですね。

では、いつからロシアが強い国の仲間入りをしたのかというと、その基盤はエカテリーナ2世の統治下で築かれていったのです。エカテリーナ2世は、西に遅れを取っていた教育面、文化面、制度面の全面的な見直しを行い、近代化を推進しました。

更に、ピョートル1世の時代から行われていた、ロシアの領土拡大にも貢献したのです。

 

実はロシア生まれではなかった?!

エカテリーナ2世が生粋のロシア人では無いという話は大変有名ですね。エカテリーナ2世は、ロシアに嫁ぐ前の名前はゾフィーと言い、ドイツ貴族の娘だったのです。

そのドイツ娘がなぜロシアに嫁入り出来たのかというと、エカテリーナ2世の伯父がロシア帝国の女帝エリザヴェータの当初の婚約者だったという繋がりから(因みに、エカテリーナ2世の伯父は、早世で、結婚前にこの世を去っています)。

未婚で子供の居なかったエリザヴェータに呼ばれる形で、ゾフィーは14歳の時にロシアに嫁ぎました。よそ者という意識が強かったゾフィーは、ロシアについて猛勉強し、ロシア正教に改宗。

その際に、名前をエカテリーナ2世と改めました。ロシア名のエカテリーナは、英名でいうところのキャサリンやケイトに当たります。

ゾフィーをロシア名でいうならばソフィーヤですが、自分の生来の名前にこだわらす、ロシア帝国を支配してきた女帝の名前の後を取ったのは、すっかりロシア人になりきるという意思表示でもあったのでしょう。

 

対する夫ピョートル3世は、とにかくドイツを愛してやまない人でした。エカテリーナ2世とはまさに正反対!

出典:Wikipedia(「ピョートル3世」(ルーカス・プファンツェルト作)

ドイツ語で話すのを好み、すべてをドイツ風にしたのです。それは、軍服の色にまで及び、ロシアの伝統的な緑色の軍服を廃し、ドイツのような青色の軍服を採用したのです。

ロシア愛の片鱗もなく、政治能力もからっきし無かったこの皇帝には、ロシア人もすっかり愛想を尽かせてしまいます。

その状況を危ぶんだエカテリーナ2世は、クーデターを起こし、女帝となったのです。

女帝となったエカテリーナ2世は、ロシアの近代化を図りました。教育や学問、音楽、制度など、最先端の技術と知識をロシアにもたらしたのです。

 

こっそり集めた美術品は、いつの間にか巨大な美術館に!

それと同時に、エカテリーナ2世は芸術面での功績も残しました。

ロシア随一の美術館といえば、エルミタージュ美術館ですよね。ところで、「エルミタージュ」という言葉はもともとフランス語だということをご存知でしたか?

意味は「隠れ家」や「隠遁者の家」。

出典:エルミタージュ美術館公式HP

DEZALB / Pixabay(エルミタージュ美術館)

fleckd / Pixabay(エルミタージュ美術館)

そうなんです、エルミタージュは元々エカテリーナ2世が世界中から収集した美術品を集め、こっそり(!)収集しておくために建てられたものだったのです。

エルミタージュにコレクションされた美術品、芸術品の中には、陶磁器や食器類も数多くありました。

中でも有名なのは、ウェッジウッド社のフロッグ・サービス・セット(英国の風景を1枚1枚手描きで描いたディナーサービス。エカテリーナ2世の宮殿にたくさんの蛙がいる沼があったため、蛙の宮殿とよばれていたことから、紋章にカエルが描かれています)。エカテリーナ2世は、なんと、1年のうちに944点ものセットを注文したとか!

出典:V&A Serch the Collections(フロッグ・サービス)

これによって、瞬く間にロシアの中でもウェッジウッドは有名になり、ロシア貴族たちがこぞってウェッジウッドを求めたそうです。

エカテリーナ2世は、ウェッジウッドの他にもマイセンのスワン・サービス、セーブルのトルコブルー・ウエア、ロイヤル・コペンハーゲンのフローラ・ダンカなどを愛用していました。

 

恋愛も勉強も、徹底的にやり切る強い意志

12019 / Pixabay(エカテリーナ2世)

愛人を何百人も作り、毎晩違う恋人と楽しんでいたとも言われるエカテリーナ2世。

一見奔放な女性のようですが、根はかなり真面目。14歳でロシアに嫁いだ当初は、ロシアのことなんて全く何一つ知らずにいました。そこで、ロシアとロシア国民を理解するために、ロシア語、ロシアの歴史、ロシアの文化の猛勉強に励んだのです。

ずっと部屋に閉じこもって、専属の教師とひたすらお勉強。あまりにも頑張りすぎて、高熱に倒れてしまったほどです。

このニュースに驚いた実母ヨハンナはドイツから飛んできて、娘を引き取ろうとします。しかし、14歳のゾフィーは、それを頑なに拒んだうえ、なんとロシア正教に改宗までしてしまったのです。

ロシア人になりきると決め、それを貫き通したエカテリーナ2世は、真に意志の強い人物なのです。これこそまさに、最強の女帝と言われる所以なのでしょう。

 

参考資料

エルミタージュ美術館公式サイト
「興亡の世界史 ロシア・ロマノフ王朝の大地」(講談社)(2016)
「ロマノフ王朝の至宝 (華麗なるロシア)」(世界文化社)(2012)
「恋と美の狩人 エカテリーナ」(河出書房新社)(1996)
「エカテリーナ2世の四大ディナーセット展図録」(2009)

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