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アンスバッハ|古城街道に位置する優雅なロココ文化が花開いた街で作られるファイアンス陶器

投稿日:2018年1月18日 更新日:

陶磁器好き必見!華麗なロココ文化を伝えるレジデンツ

ドイツ南部に位置するバイエルン州にあるアンスバッハ(Ansbach)の町は、ドイツのマンハイムからチェコのプラハまで100kmにも続き、中世から近世にかけて建てられたお城がレストランやホテルとして運営されている「古城街道」にあります。人口4万人ほどの小さな町ですが、近郊にあるローテンブルク(Rothenburg)やニュルンベルク(Nürnberg)などに劣らない魅力があり、18世紀にはアンスバッハ・ロココと呼ばれる豪華絢爛な文化が花開きました。

出典:depositphotos.com(アンスバッハ)

アンスバッハの歴史は、748年までさかのぼります。現在の聖グムベルトス教会のある場所に、厳しい戒律でも知られカトリック教会最古の修道会でもあるベネディクト会の修道院が設立されたのが始まりで、やがてその周辺が発展し、アンスバッハの町を形作るようになりました。

14世紀には、ドイツの名門貴族であるホーエンツォルレン家の傘下に入り、ブランデンブルク・アンスバッハ辺境伯に治められるようになります。その後1792年にプロイセン、1806年にはバイエルンの統治下となり、現在に至っています。

歴史的建造物が多く残るアンスバッハの町ですが、特に見ておくべきは、ブランデンブルク・アンスバッハ辺境伯の居城(レジデンツ)でしょう。レジデンツの元になる中世の居城は、1400年ごろに建設されました。この部分は現在、ゴシック・ホールと呼ばれ、アンスバッハ・ファイアンス陶磁器工房で作られた作品の膨大なコレクションが展示されています。

出典:depositphotos.com (レジデンツ)

出典: Wikipedia(ゴシックホール)

18世紀に大きな改装が行われ、レジデンスは現在の姿になりました。1734年から1735年にかけてレオポルド・レッティによって手掛けられた内装は、初期ロココ調の非常に美しいものとなっています。

27の華麗な部屋の中でも、カルロ・カルローネのフレスコ天井画のある祝祭の間やロココ絵画ギャラリー、また陶磁器に興味がある方には、マイセン磁器のコレクションのある鏡の間や、すべて絵柄が違う2800枚のファイアンス焼きタイルが張り巡らされた、陶磁の間が最大の見どころになるでしょう。

出典:Bayerische Schlösserverwaltung (祝祭の間)

出典:Wikipedia (磁器の間)

レジデンツの隣には、宮廷庭園とオランジェリーがあります。美しい花々やハーブ、またレモンやオレンジ、オリーブなど地中海性の植物を眺めることができます。オランジェリーの中には、庭園を眺めながら食事を楽しむことができるカフェ・レストランもあります。

宮廷庭園では、毎年夏にロココ祝祭演劇が催されます。18世紀の衣装を身に着けた人々による当時の優雅な音楽やダンス、また大道芸や花火などで、私たちをひととき、夢のようなロココの世界に誘ってくれます。

出典:Stadt Ansbach (ロココ祝祭演劇)

 

本当は王子だったのか?想像力をかきたてる謎の人物・カスパー・ハウザー

アンスバッハで有名な人物と言えば、かつてヨーロッパ中の話題をさらった謎の孤児、カスパー・ハウザーです。

事の始まりは、1828年。ニュルンベルクの町に、ぼろをまとった16歳くらいの少年が現れました。過去のことをはっきりと覚えておらず、持っていた二通の手紙からも、生い立ちについて知ることができませんでした。地下牢のようなところに閉じ込められて育ったらしいことから、ドイツ南西部を治めるバーデン大公の世継ぎであったのが、陰謀に巻き込まれてすり替えられた、などの説が飛び交いました。

出典:Wikipedia(カスパー・ハウザーの銅像)

ハウザーは1831年からアンスバッハで暮らし始め、発見後に施された教育によって、少しずつ自らの過去を語りはじめましたが、2年後の1833年に、その出生や生い立ち等の詳細が明らかになる前に、宮廷庭園で何者かに殺害されています。

ハウザーの墓はアンスバッハの市立墓地にあり、今でも多くの観光客が訪れています。宮廷庭園にもハウザーの記念碑があり、「ここで謎の人物が謎の方法で殺された」とラテン語で刻まれています。また、町の中にある辺境伯博物館では、一階全部をカスパー・ハウザーの展示に当てています。

想像力をかきたてるハウザーの存在は、現在でも文学や映画、演劇などのテーマとして取り上げられています。アンスバッハでは2年に一度、偶数年にカスパー・ハウザー祝祭演劇が催され、ハウザーに関する講演を聞いたり、映画や演劇を鑑賞することができます。

 

繊細な筆致が魅力のアンスバッハのファイアンス焼き

1709年、ヨーロッパで初めての硬質磁器がマイセンで製造され、ロココ文化が花開こうとしたその時期に、ヴィルヘルム・フリードリッヒ辺境伯(Wilhelm Friedrich von Brandenburg-Ansbach、1686-1723)の命により、アンスバッハで陶磁器工房の建設が始められました。翌1710年には、後に世界にその名を響き渡らせることになる、ファイアンス焼きの生産が始まりました。

出典:Wikipedia(ヴィルヘルム・フリードリヒ辺境伯)

初めは、フランス・ルーアン焼き風に、青と白のみを用いて絵柄が描かれていましたが、やがて緑や黄色も使われるようになり、色彩が鮮やかになりました。浮彫模様や、中国の陶磁器をお手本に繊細な筆致で鳥や花、鹿や鯉などを施した優雅な食器類、またロココ調の陶器人形は、ヨーロッパ中で人気を集めるようになりました。

出典: wikimedia.commons(アンスバッハのファイアンス陶器)

出典:Wikipedia.commons(アンスバッハのファイアンス陶器)

アンスバッハ・ファイアンス陶磁器工房は1860年に閉鎖されましたが、その作品は今でもコレクターの間で珍重されています。

 

参考資料

ドイツ観光局

Stadt Ansbach(アンスバッハ市)

Bayerische Verwartung der staatlichen Schlösser, Gärten und Seen(バイエルン州政府 城郭・庭園及び湖沼管理部局)

Wikipedia

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