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洋食器とゆかりの深い人物 17世紀

ウィリアム・フォートナム|召使いの副業から始まった、イギリス王室御用達の店「フォートナム&メイソン」

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出自は不明?王室のものを売って荒稼ぎしていたウィリアム・フォートナム

ウィリアム・フォートナム(出生時期、没時期共に不詳)は、1707年に、「フォートナム&メイソン」を設立した人物として有名ですが、その出自に関しては謎が多く、資料も大変少ない人物です。

出典:depositphotos.com(フォートナム&メイソン、ロンドン)

ウィリアム・フォートナムの名前が歴史に登場するのは、名誉革命後のスチュアート朝最後の女王となった、アン女王のフットマン(footman)として王室で働いていた時のことです。ちなみに、footmanとは、王族・貴族の馬車の車輪が、ぬかるみにはまったり、木の根に乗り上げたりしないよう、徒歩で馬車のまわりをついていく、要するに下級召使いのことです。これに対して、最上級の召使は、バトラー(butler)なんて呼ばれたりします。

出典:Wikipedia(Footman)

彼は、王室の蝋燭の管理を命じられていましたが、その減り具合にかかわらず、毎日、新しい蝋燭にかえる必要があることを力説していたそうです。そして、まだ半分ほども残っている蝋燭をどうしたかというと、街で売りさばくことにしたのです。

これがかなりの儲けを出したようで、ウィリアム・フォートナムのその後の軍資金となります。

 

蝋燭売りから世界的に有名な紅茶ブランドを立ち上げ

蝋燭を売って稼いだお金で、ウィリアム・フォートナムは、街で一つの部屋を借りて、小さな食料雑貨店を開きました。この時、彼はまだ、アン王女の使用人としての職も持っていたので、ウィリアム・フォートナムは、副業として食料雑貨店のオーナーも務めていたことになります。

ウィリアム・フォートナムは、食料雑貨店をより大きなものに発展させたいという計画を持っていたため、店の家主であった青年ヒュー・メイソンにお店の共同経営を持ち掛けました。ヒュー・メイソンがこれに賛同したため、1707年に、二人はお店をロンドンのピカデリー通りに移し、名前も「フォートナム・アンド・メイソン」と改め、営業をスタートします。

なお、この創業者のふたり、いまではイギリス・ロンドンのピカデリー本店で、からくり時計になっていまして、毎時ごとに、ふたりの人形がお茶を運んでくれるようになっています。

出典:Fortnum&Maison公式ホームページ

ウィリアム・フォートナムは、ここでも自分の人脈を巧みに使って、ビジネスを成功へと導きます。つまり、アン女王の使用人だった時のコネクションを利用したのです。これによって、瞬く間に「フォートナム・アンド・メイソン」の評判は王侯貴族の間で高まり、人気のグロサリーショップとしての地位を確立したのです。

王侯貴族を客層に据えたウィリアム・フォートナムは、お店に当時としては珍しい品を用意しました。このお店でしか手に入らない、高級な品物を取りそろえたのです。

更に、最先端のことにもアンテナを張ってビジネスチャンスを広げていきます。1740年には東インド会社が設立した途端、東インド会社とタッグを組み、珍しい香辛料や紅茶の輸入販売を行うようになりました。こうして、小さなグロサリーショップは、王侯貴族が足繁く通う高級食料雑貨店へと変貌を遂げたのです。

日本では、高級紅茶ブランドの代名詞ともなっている「フォートナム&メイソン」ですが、イギリス本国では百貨店として、紅茶以外の高級商品も多数取り扱っていることで知られていますが、その背景にはこんな同社の歴史があったんですね。

 

フォートナム家に引き継がれた革新的なビジネス精神

今、現在「フォートナム&メイソン」は、過去150年以上にわたって「ロイヤルワラント」の称号を維持する、王室御用達の老舗高級百貨店として、世界中で多くの人に愛されるまでに成長しましたが、それには長い歳月を要しました。その基盤を築いたのはウィリアム・フォートムですが、その後の発展は、ウィリアム・フォートナムの息子、孫、、、に託されます。

ウィリアム・フォートナムの孫、チャールズ・フォートナムは、ジョージ3世(1738-1820)の妻シャーロット王妃に仕えつつ、「フォートナム&メイソン」の営業にも携わりました。彼も自身の王室のコネクションを利用して、宮廷料理とのケータリングを「フォートナム&メイソン」で実現させることに成功もしました。

また、英国郵政省管轄の中央郵便局が設立される前の時代は、誰でも郵便事業を行うことができたため、フォートナム&メイソンは1794年には、郵便利用者の集客を期待して、本店に手紙の投函箱が設置し、郵便事業にも進出しています。この事業は、1839年に中央郵便局が設立されてる直前まで続きました。

その他、ナポレオン戦争(1803-1815年)で戦うイギリスの兵士たちに向けて、はちみつ、ドライフルーツ、香辛料、ジャムなどの食糧を供給し、クリミア戦争(1853-1856年)でもヴィクトリア女王の指示でナイチンゲールの病院に食料品を届けるなど、もともとの出自である食糧雑貨店としても、イギリス政府・王室に貢献しています。

こうした最先端のビジネス展開は、時の王や女王たちを唸らせ、ヴィクトリア女王(1819-1901)の統治下では、数多くの「ロイヤルワラント」を受けるに至っています。

フォートナム&メイソンが革新的であったのは、その事業面にとどまりません。その、取扱い商品でも、現在ではあたりまえに普及しているものの多くを、イギリスに初めて持ち込んだりもしています。

例えば、「スコッチエッグ」は、1738年に旅行者向けの持ち運び容易な食べ物として発明されたと言われていますし、当初は顧客の旅行用収納ケースとして売られていた「ハンパー(hamper)」を、ヴィクトリア朝時代にピクニックが上流階級の間で流行したのに合わせて、食料品などを詰めるお洒落な籠としてヒットさせたのも同社、また、イギリスのパブなどで良く見かける、アメリカの「H J. Heinz のケチャップ」も1886年に同社がイギリスに広めたそうです。

出典:Fortnum&Maison公式ホームページ(スコッチ・エッグ)

出典:Fortnum&Maison公式ホームページ(ハンパー)

出典:Wikipedia(HEINZのケチャップ)

 

参考資料

Fortnum&Maison公式ホームページ

Londonist

Wikipedia

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